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感想・考察など

彩雲国物語『骸骨を乞う』より「秘話 冬の華」

彩雲国物語『骸骨を乞う』の文庫版が発売されたときに、新しく収録された書下ろし「冬の華」

 

彩雲国物語全編のネタバレを含みますのでご注意ください。


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 劉輝の治世の終わり、おそらく描かれた彩雲国の世界ではいちばんの時代のお話です。16歳の誕生日を迎える、秀麗の娘、重華と、齢50を過ぎた国王劉輝の、地方を巡る旅のお話。

 

★感想

 この旅は、重華が国王を継ぐという決意を自覚させるために「ヨボヨボ爺」が導いたものでもあり、劉輝がこの国に対する未練と決別する最後の別れの挨拶まわりだったのでしょう。 

 毎度のことながら主題の多すぎるお話しなので各人に分けて述べていきます。

 

【重華とヨボヨボ爺】

 彩雲国の始まりを知り、この国に長く息づく「仙」。物語の最後まで彼らの正体ははっきりとは明かされませんでした。気ままに人間たちの間に紛れ込み、人間に選択を与え、傍観することを楽しみとするような、超越的な存在の彼ら。ヨボヨボ爺もとい鴉もとい霄 瑤璇は国王の選択と治世を傍観する。

 劉輝の前から去り、重華をなぜか惹きつける彼は、政治と王の威光そのものの具現なのでしょうか。先王の宰相として、朝廷百官を御し、参謀として後宮と貴族に大鉈を振るった彼は、苛烈な先王の刃であったが、その姿はまさに破滅の公子、苛烈な先王が治めた政の具現といえるだろう。ほとんどの人は彼の存在を、記憶に残すことができなかった。これは彼の仙たる力だが、彼が政、その時代の王が治める治世の象徴なら、先王亡き世界に、刃のような彼は世界の異物となるのだろう。先王亡き後朝廷の表から去るも、様々な人の前に意味深げにそして気まぐれに現れる彼だが、重華は鴉姿のはずの彼を(見える人からは黒髪の青年であるとも)、ひどく疲れて幸せそうな横顔を見たことが無いと言い、彼を追いかけて城を出る。重華には彼が何かわかっていたのでしょうか。

 旅に出て1年と少し、道中には必ず例の鴉。重華は突如、旅をやめ、城に戻ると決意する。

 国王が納めるべき政を象徴しているのなら、重華は彼を追うのやめる必要はなかったはず。むしろ彼を見つけ出して、捕まえたから城へ帰る選択をしたに違いない。でも、実際には違う。何十年か後に、会いに来るからそれまで待っていて、と言ったのです。重華が旅の最後に見つけたやりたいこととは、何だったのか。紫闇の玉座に身を捧げる選択は、彼の幸せな顔を見たいという願いとは全く異なるものだったようだから。 

 

【藍子若と主君】

 藍楸瑛の長男にして、藍家名代。父に似て、見目麗しく文武両道、骨の髄まで藍家の男。ここにきて、彼にこれほど焦点があてられるとは正直予想外でした。

 子若は、旅の護衛として重華に道中付き従っていたが、彼はことあるごとに主上に対して自分の主になってくれと懇願した。彼は、優れた能力を有しながらどこにも仕官せず、50を過ぎた劉輝を、自分の命を捧げるべき主になってくれと言う。劉輝は、ただ一人、藍楸瑛を除いて、臣下に命を捧げることを許さなかった。子若は、身を捧げるべき主君を探しているのか、それとも父の背中を追いかけているのか。 

 ちなみに子若は、絳攸が王の命で直々に選んだ重華の護衛であった。国中のめぼしい男の中から熟考に熟考を重ねて厳選した一人なのだが、全く妥当で、それでもって意外な人選である。絳攸が選んだのが、花菖蒲の片割れの息子というのが、どうにも重苦しくきえる彼の中に巣食う残された者の重石をなのでしょう。

 

【絳攸】

 旅に出ていたのは劉輝の魂魄(供の藍楸瑛と茈静蘭も既に亡き人で魂魄という)。実際の王の身体は、後宮の最奥で病に臥せって2年もの間、目を覚まさないままであった。

 絳攸は、残される者だった。花菖蒲の片割れである楸瑛の死は語られていないが、劉輝が自らのために命を捧げるを許した唯一の臣のことだ、おそらく死に場所は穏やかな床であったなんてことは決してあるまい。武を持たぬ絳攸は、残されるものの無力さを痛感したに違いなく、この度の病に伏した王(ひょっとしたら、呪術かもしれない)を前にも、同じ気持ちであったのだろう。どうか、自分を置いていかないでくれ。

 劉輝の2年の旅は、尽きるはずだった命を、絳攸が引き留めたものかもしれない。しかし彼は、引き留めた2年の時を絳攸は仕える王にではなく、年下の劉輝に捧げた。これは、彼の年上としての矜持と、亡き尚書令に対する、決してぬぐえない劣等感から、絞り出した決意のように思う。王が旅発つ雪の晩、城門の上から王の顔も見ずに傅く彼の心中は、必死に耐えているもののように思う。

 しかし、己が認識とは異なって、絳攸もしかと年月を重ね、王の側近として朝廷百官を御す者であった。亡き尚書令や霄宰相と比して、彼の力量は並ぶに留まらないものと描かれていた。武の藍茈、文の李紅の最後の砦たる王の宰相、語るべくもないのだろう。だからこそ、若かりし頃は王を導く者であろうとしていた彼の、王に縋る様が、劉輝の王たる大成にも思われる。