さとうの美味しいごはん

感想・考察など

音楽劇「星の飛行士」

2022年1月2日にニコニコ生放送にて配信された、演劇の毛利さんvol.0 音楽劇 星の飛行士を観ました。

観る前

モリミュ以来、主に歌に惹かれ追いかけていた鈴木勝吾さんが歌うということで、その点とても期待していました。ストーリーについては、星の王子様モチーフなら子供向けなのかなと思いそれほど期待は無かったように思います。(これは観た後で全く裏切られるのですが)

好きなシーン

サンテグジュペリの生い立ちを説明するシーン

星たちが、一人何役も入れ替わり立ち代わりサンテグジュペリの生い立ちを説明していきます。「1900年19世紀最後の年に生まれる。伯爵家、彼は貴族だ(奇しくもウィリアムと重なると少し嬉しく)。」という台詞から立て板に水のスピードで彼の生い立ちが明らかにされていきます。兄弟構成について、星たちが一人ずつ名乗りを上げるときに「弟です!」と可愛いスピカちゃん(?)「妹です!」と名乗りを上げ「演劇って言ったもん勝ちだからな」と慰められ、「妹、で、す!!」と宣言する体格の良い男性。その横でサンテグジュペリは「え?君が??」って顔をしながらスピカちゃんにやいのやいの突っ込みを入れていてここもとても可愛かったです。サンテグジュペリが友人に対し「君は歳のわりにスタイリッシュだね」「ほっといてくれよ」のやり取りも素のやりとりが見えた気がして好きでした。

②使用不能機材の欄に分類されたパタゴニア機の表示を目にしたリヴィエール

己の敗北を突き付けられて地面に膝をついてなお、勝利に向かって歩みだそうとするリヴィエールの、自分に言い聞かせるような独白のシーン。「勝ったために民は、さらなる勝利をつかむ機会を失い」「負けたために、民は、力をつける」といったニュアンスの台詞だったと思いますが、一語ずつきっぱりと区切り力強く発する声がとても印象的でした。カメラワークも非常によく、地に膝をつくリヴィエールの真正面顔を地面からあおりでとらえ、リヴィエールの肩越しに、飛行機に腰掛け小説を読み聞かせるサンテグジュペリの泣き出しそうな、理解しがたいものに説得されつつあるようななんとも言えない表情でリヴィエールをまっすぐに見つめる様子が映っていました。前のシーンでは、リヴィエールに拒絶され、完全にすれ違ったに見えたリヴィエールの思考が。今まさにサンテグジュペリに理解されようとしているのだと感じられました。

③酔っ払ってる大人

こんな可愛いよっぱらいがいるかしら、というくらい可愛良かったです。なんといっても「それな!」の破壊力。

主演の鈴木勝吾さん

鈴木勝吾さんはモリミュのウィリアムとミュージカル薄桜鬼の風間千景を観たことがありましたが、いずれも感情を表に出さない淡々とした役だったので、今回のサンテグジュペリのような自分の感情をストレートに発言し、行動に出すキャラクターがとても新鮮でした。無邪気さ、無垢さというのが大人のような子供のような狭間での葛藤と絶妙なバランスで表現されていて、こんな演技もこんな説得力のあるように演じられるのかと驚きました。

そして鈴木勝吾さんが演じるお役を観るたびにいつも思うのが、役の芯とご本人の芯が非常にリンクしていて、どんな役をやっていても、これは勝吾さんがやるべきお役立ったと納得している自分がいることです。最初はキャスティングが上手い、というのだと思っていましたが、勝吾さんのやインタビューを読み込んでご本人の役作りを見ていくうちに、これはどんな幅の広い役でも自己に描き出すことのできる役者さんとしての技量と魅力なのだと思い始めました。

劇を通して

サンテグジュペリの人となりを、彼の残した作品を通して探っていくお話の中で、全く異なる3人の登場人物が皆、同じ一人のサンテグジュペリの写身として描かれていました。まず、郵便物を乗せて夜の空を駆ける飛行士のファビアン。彼は新婚の妻と家庭よりも、夜空と飛行機に夢中な優秀なパイロットです。そして、ファビアンの上司(?)で飛行場長を務める実直な男リヴィエール。最後に、たくさんの星でへんな大人に出会い冒険をする星の王子様。

このまったく違う3人が皆、サンテグジュペリのかけがえのない一面なのでした。彼は、ファビアンという飛行士が自分の写しだということにはすぐに得心したはずです。愛する妻と家庭を思う心は本物であっても、それでも危険な夜間飛行に飛び立つことをやめられないロマンにあふれた青年の姿は、おそらく幼いころに飛行機乗りを志したサンテグジュペリの思い描いたままの姿だったのでしょう。一方で、王子様はずっとそうでありたかったけれども、叶わなかった子供としての姿であり、支配人リヴィエールは受け入れがたくも避けることはできない大人としての姿であった。王子様とリヴィエールも自分自身なのだと、それも決して成長とともに変わっていく人生の、ある一時点を切り取ったものではなく、ファビアンもリヴィエールも王子様も、同じ心の元に生きている。今その瞬間のサンテグジュペリの中にも、彼らは存在したのです。